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中部経済新聞掲載内容


2006/12/13日の中部経済新聞に「OFFICEリラン代表の米浜光代」の記事が掲載されました。
以下はその掲載内容全文です。

中部新聞掲載女性行動の軌跡
OFFICEリラン代表 米浜光代さん

 「名古屋にもっとクラッシック音楽やオペラの文化を…」―。そんな熱い思いを胸に今日も忙しく飛び回っているのは、OFFICEリランの米浜光代さん。

亥年生まれの光代さんは、猪の性格そのままの猪突猛進型。こうと思ったら命がけのタイプのようだ。現在、クラッシックやオペラのマネジメントを中心に活躍している光代さんにお話を伺った。 

十二月十二日に名古屋オペラ協会主催、翌十三日には女声合唱団マドンナかきつばた主催の「クリスマスコンサート」と立て続けに関わっているOFFICEリランの米浜光代さんは、その忙しさをまるで楽しんでいるように見える。

「音楽好きの両親の影響でしようか。小さいころから音楽が好きで、ピアノを習っていました。特に母は音大へ行きたいという夢を持っていましたから、私に音大へ行ってほしいと思っていたようで、音楽関係の大学に進学しました。 その大学で学生オペラに参加することになってそのインペクを引き受けたことがきっかけで、この職業につきました」


音楽家として表舞台で活躍するより、その舞台を支える裏方のマネジメント役の面白さに魅せられた光代さんは、卒業後はそういった職業につきたいと思っていた。就職活動の時期になって、いろいろな方に相談したが、「その職業では食べていけないからやめておいたほうが良い」と一蹴され、卒業後は音楽関係の会社に就職。

「でも、やっぱり諦めきれなくて一年間でやめました。そして、大学のときの先生を頼って、オペラの公演に携わる中、少しずつお仕事がもらえるようになりました」
二十六、二十七歳ごろのことである。年間に数本の仕事だから、もちろん、食べていくのも難しい。
だが、歯を食いしばって、頑張り続けた。

「でも、だらだらやっていくのはイヤ。きちんと目標を持とう。そう思って、三十歳までに仕事としてやっていけるだけの仕事の依頼が来なければ、きっぱりやめよう。そう決意し、仕事を続け、やがて徐々に仕事の依頼が入るようになりました。そのうち、大手企業や行政関係からも仕事の依頼が来るようになり、順調に回りだしました」

石の上にも三年。地道な努力の結果、仕事の正確さ、迅速さ、丁寧さなどが評価され、営業しなくても仕事の依頼が入るように
なった。やがて三十歳という区切りの年を迎え、事務所を構えることにした光代さんだが、難関が一つあった。それは両親の説得。

「事務所を構えるということは、家賃とかその他諸々の経費や責任も発生します。
いい加減な気持ちではだめだ≠ニいう両親とはじっくり話し合いました。預金通帳を見せて、将来構想もきちんと話して、やっと了承を得て、念願のOFFICEリランを設立しました」

平成十三年のこと。以来、さまざまなクラッシック音楽関係公演のマネジメントを手がけている。だが、企画段階から携われればよいが、当日のマネジメントだけを依頼されることもあり、そんなときは困ることもあるという。

「やはり、マネジメントは、全体の流れが見えていないと難しいこともあり、最初のころは苦労しました。でも、最近ではいろいろなことを経験させていただいて、たいがいのことは対処できるようになりました。人生もマネジメントも一緒ですが、自分一人の力なんてしれています。いろいろな人の力を借りることが、大事だと思えるようになったのですから、少しは成長してきたのかな」

終わった後、「ありがとう」といわれることが一番うれしいと知的な笑みを浮かべる光代さんだが、最初のころ、大きな失敗を経験したこともある。
「人と人の間にいる立場で、質問に対して説明できないことでもめごとに発展することもあり、そんなときは辛いです。さらに、日本語の通じない外国の出演者が違う会場へ行ったりして、リハーサルの時間に間に合うか合わないかといったこともありました。もし、これが時間の連絡ミスだったら、絶対間に合いません。命取りのミスになります。」

ところで、マネジメントってどんなことをするのだろうか。
「まず、クライアントがいて、具体的にどのような公演にしたいのか、なにをやりたいのかを聞き、どんなものを目指しているのか、そしてその予算はいくらなのか、それによってお金も規模も考えていかなければなりません。皆さんが予期しないところでお金がかかることもあり、細かいところまで気配りしていきます。練習段階から一緒に立ち合わせていただき、スムーズにバランスよく運ばれるように、あらゆる面を考えながら管理していくのがマネジメントの仕事です」

爽やかな笑顔からは、神経質なまでに気を遣っている様子は感じられない。きっと持って生まれた気質があるのだろう。
光代さんがマネジメントをはじめてから約八年。当時と比べると名古屋のクラッシック人口も増えてきたようだが、一番のファンは光代さんのお母さん。

「私がマネジメントをしたコンサートに、母はよく、一般のお客さまとしてコンサートを聴きにきてくれます。ときには、いろいろなアドバイスもしてくれますが、クラッシックを聴いている姿がとても楽しそうで、一人でもそういったお客さまが増えてくだされば、仕事冥利につきます。それに、この仕事の魅力はいろいろな人に出会えること。そして、いろいろな勉強をさせていただけることです」
爽やかな笑顔を浮かべる光代さんの現在の夢は「スタッフをもう少し増やしたい」というが経済的なこともあって、
迷っているのだとか。

「名古屋にもマネジメント会社がたくさんあります。これからはOFFICEリランとしてのカラーを出していかないと生き残れない。そのカラーを模索中です。将来の夢は、現在、名古屋をベースに仕事をしていますが、全国展開ができるようなものを手がけたい」
現在、来年一月二十日にしらかわホールで開催される「オペラの魅力Vol.8」、三月に北名古屋市で行われる「カルメンハイライト」のコンサートのマネジメントに飛び回っている光代さん。寝る間も惜しんでさまざまな手配、気配りをしている姿はオーラーに満ち、そのパワーに圧倒されるようだった。

< プロフィール >
米浜光代(よねはま みつよ)さん。
昭和四十六年愛知県江南市生まれ。
名古屋芸術大学卒業後、音楽関係の会社に勤める。
学生時代、学生オペラのインペクを経験して、マネジメント業に憧れ、一年で退社。フリーでマネジメントをしてきたが、平成十三年にクラッシック音楽を中心としたマネジメント会社「OFFICEリラン」を設立。代表となる。

< 知人のひとこと >
十年ほど前、名古屋二期会の作品にスタッフとして入ってきたときに、初めてお会いしました。
その後、二人で話すことがあって、ジャンルは違うけれど、考えていることは一緒だったということで、お付き合いが深まりました。
冷静で的確、変な情に振り回されることもなく、ミスがあってもフォローが早く、頼りになる人です。
また、勉強家で目と耳を肥やしたいとよく、東京や大阪などにオペラを見に行っています。
反面、仕事を離れたらマネジメントはしないで、周囲に甘えたりするかわいらしさも持っています。
【ピアニスト 山本敦子】

 
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